文房具と心の働き

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「片岡義男 なにを買ったの文房具。」です。「文房具を買いに 」という本の続編。

作家の片岡義男氏の名前を聞いて、クールな恋愛小説を思い出される方も多いのではないでしょうか。僕もそのひとりです。
オートバイに乗り始めた大学生の頃、西荻窪の小さな本屋でよく単行本を買い求めたものでした。「彼のオートバイ、彼女の島」「長距離ライダーの憂鬱—オートバイの詩」。青春時代が甦りそうです(笑)。

現在は英語の翻訳、エッセイや写真などでも活躍しておられます。近著のひとつが「なにを買ったの? 文房具。」です。
いろいろな文房具と、出会い向き合った時の、さまざまな心の動きが、小気味良い文体でつづられていきます。

最初の文章からとても刺激的です。
● p.2
いま僕は一本の鉛筆を手にしている。ひとり静かに、落ち着いた気持ちで、指先に一本の鉛筆を。たいそう好ましい状態だ。少なくともいまはひとりだけでここにいる自分というものを、その自分が指先に持つ一本の鉛筆は、すっきりと増幅し際立てていてくれる。いまきみは孤独だ、とその鉛筆は僕に言ってくれている。

孤独な僕は、I think better with a pencil in my hand.というワン・センテンスを思い出す。鉛筆を手にしていると自分はより良く考えることができる、という意味だ。ずっと以前にどこかで読み、それ以来いまも忘れずにいる。

考えるためには、人は孤独であるのが、もっとも好ましい。考えるとは、心が精神作用を営んでいく過程の、ぜんたいだ。考える営みとは、心とその働きそのもののことだ。そして心にとって最高にクリエイティブな状態は、孤独より他にあり得ない。

オートバイ好きだからでしょうか、僕はずっと色んな人と一緒にいるとちょっと疲れてしまって、ふらっと独りになりたくなるタイプです。
アイデアキャンプでも、グループで話す時間だけでなく、独りになる時間を大切にしています。考える時間とあたまを空っぽにする時間。それぞれに。

本のはじめの方は、書くものについての文章と写真。鉛筆、鉛筆けずり、ペン、クレヨンや色鉛筆が色とりどりに並べられてゆきます。
そして中盤では、書かれるもの、ノートへ。サイズ、綴じ方、厚み、紙質など、何種類ものノートが紹介されていきます。

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本書ではノートではなく、「ノートブック」ということばが使われています。1枚1枚の紙がどうひとまとまりになっているか、ということへの意識が高まっているのですね。

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さまざまなノートブックを紹介しながら、ノートブックと思考の関係について、
● p.55
大量のノートブックをなぜ十年間に寝かせておくのか。買い込む冊数が使う量をはるかに超えているからだ。ではなぜ、そんなことになるのか。ノートブックが僕を呼ぶからだ。呼ばれれば僕は応える。

や、
● p.68
ページの上部をスパイラルで綴じたライティング・パッドが何種類か続く三点の写真のなかにある。横綴じのノートブックを使うときとは、また違った心の働きを引き出してくれるような気がしているから、天綴じのものを見逃すことはできない。

といった描写がなされています。

使う道具によって、心の働きがちがう。ある心の働きにあうような文房具を選び、また、文房具が呼びかけてくる心の働きに応じてみる。そんなダイナミックな関係を意図的に持とうとされているのではないでしょうか。

アイデアキャンプで色々なサイズの紙を並行して使おうとしているのも、多様な文房具で個人の多面的な思考を引き出しつつ、個とグループの思考をつなげたい、と思っているからです。

ヴィゴツキーの言う心理的道具もしくは知能増幅機器としての、書くものと書かれるものの組合わせ。どんな道具を選ぶかで、走り出す心の働きは違ってきます。弘法は筆を選ばないかもしれませんが、さまざまに使い分けても良いでしょう。

あとがきにも素敵なことばが綴られています。

どの文房具もそれぞれに所定の機能を持っている。そしてその機能は、可能なかぎり多くの人にとって、可能なかぎりたやすく発揮させることができるよう、もっとも単純でありつつ同時にもっとも確実な作動の構造へと、転換されている。生産や創造からどんなに遠くとも、どれほど間接的であろうとも、文房具を使うあらゆる人に対して、生産や創造への関与が期待されている。人間の文明を人間が担いつつ前進させていく過程への期待が託された様子を、すべての文房具の造形に見てとることができる。文房具は人間の文明を肯定している。肯定するだけではなく、肯定に支えられた前進や展開、拡大、開拓などを、全面的に期待もしている。

鉛筆から始まって、文房具と心の働きが走る行く先は、人間の文明でした。素敵なツーリングを片岡義男さんとさせてもらった気分です。いつかそんな日が来ることを夢見て。

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かつての作品に「ノートブックに誘惑された」という小説があります。本棚の奥にしまっておいた、かつての思い出をひっぱり出してきました。他の作品とは、すこし違う趣きの小説です。
カバーの裏に内容がこう紹介されています。「1冊の美しいノートブックが彼を誘惑する。私を手に取って。私を所有して。私のページを開いて。私になにか書いて。誘惑に負けて彼はノートブックとともに過ごしていく。いろんなことを書きとめる。それはやがてエッセイになったりストーリーに姿を変えたりする。ノートブックのまだなにも書かれていない清冽なページと、書き味の良い筆記具。すべてはここから始まる。」
この二冊の関係がちょっと見えてきました。かつてのファンならではですね。どういうシーンでどんな文房具が出ているか。「なにを買ったの?文房具。」を読んだ後であれば、また違う心が働きそうです。

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僕が普段持ち歩いているペンとノートブックです。ノートブックは、コクヨのリングノート。ミシン目が入っていて切りとりやすく2穴が空いているタイプ、フィラーノートの無地です。移動時のメモやスケッチ用には、ロディアの#11。ペンは細身が好みで、三菱のsignoの0.28mmとPILOT、HI-TECH-Cの0.3mmを使い分けつつ、三色ボールペンや3Bの鉛筆なんかも。どんな心の働きを呼んでくれているでしょうか。


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